2006年05月14日

移転です

http://tsu-ka2.seesaa.net/
以降の更新はここで。ログは整理してレビュー系は現ブログまたはHTML化してどこかしらに残る予定。それ以外のしょーもないのは消えます。ということでよしなに。


posted by TSUKASA at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月15日

オーラの泉

私の住んでいる札幌ではこの番組、今までどうもやってなかったらしくて(でもいつか1回だけ見た気がするんだけど)、初めてちゃんと見たんですが、いやあ、なんともこれは凄い。

こう、江原さんと美輪先生が(そもそもなんで美輪先生なのかわからんっ)「あなたって、こうこうこうでしょ」と言うと、必ずゲストが「その通りです、あの時もこうこうこうでこんなでした」と語り出し、江原さん美輪先生は「やっぱりね」としたり顔で、んで、太一が「うわーすげー」みたいな。挙げ句、ゲスト泣き出す、みたいな。

この、ものすごいうさんくささが全くもってノーダウトでずかずか突き進んでいくさまは、まあ、面白いっちゃあ面白いけども、ちょっとここまで来ると、さすがにこう、少しは疑おうぜというか。セルフ突っ込みみたいなところが微塵もないので、見てて醒めてきてしまうところはある。まあ、細木にしろ、この人にしろ、そんなナナメ視点じゃなくて、純然と支持している層がごまんといらっしゃるわけで、その人気というのは俺にはわからん、全くわからん。

ていうか、江原さんが相手を見抜けるのは、スピリチュアル・カウンセラーだからわかるんだけども(いやこの肩書き自体わからないんだけども)、美輪先生までゲストをずばずば見抜けてしまっているのはいかなる理由ですか。
posted by TSUKASA at 20:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月14日

志村貴子「放浪息子」

放浪息子ガルシアの首さんに「TSUKASAさんなら嵌まるんじゃないかな」とお薦めされていた「放浪息子」を読んだんですがこれはおもしれー。漫画好きの皆さんにとっては何を今更なんでしょうが。1巻2巻は普通に面白かったんですけど話が大きく展開する3巻がもうベタ嵌まりで。っていうかガルシアさんに完全に見抜かれていますね。うーん、罪な作品を薦めてくれたものだ。そのわりに薦めてくれた当のご本人はしゃらくせえとのたまわれていたりするのだが(笑)。そのガルシアさんの感想はここ

んで、ええとね、自分はとりあえずトランスジェンダーの部分よりも、純粋に「子供と性」であるとか、あとは「子供が自分という存在が他者を傷つけることがあるということを知っていく過程」というか。両方とも大人になるということですけど。そういう話として楽しめました。そういう意味で3巻とかもうたまりませんでしたけど。だから「少年少女の思春期物語」といわれても、さほど違和感は感じなかったかな。

まあ確かに少年性が希薄だと言われればそうなんだけども、おれはむしろ「さくらの唄」のようないわゆる男くさい青春像のほうがファンタジーとして読めてしまうし(主人公の自意識の抱え方は圧倒的にリアルで怖いぐらいだったけど)、だからこそああいう青春像に憧れてしまったりもするんですよねー。まあ、人より繊細で傷つきやすいゆえに人と違う特別な僕、なんつー青い自意識過剰もまた思春期ならではなわけで。おれにもそんな恥ずかしい年齢があったことは否定できないわけでねえ。あと、ちなみにおれは何度か普通に夢精したことあります(普通に夢精ってなんだよ)。まあ精通は自力開通でしたけどね。ってなにを情報公開しているんだおれは。

ていうかトランスジェンダー云々の話は確かに(これだけ引きのいいテーマとして据えられていながら)現時点でまだまったく掘り下げられているように思えないので(だからこそ↑のように普通に「子供の成長物語」として読んでしまったわけで)、そこはまだ先を見てみないとわからないな。てか、そこはむしろどうでもよくなっているおれは読み方間違っているのでしょうか。どうしてもトランスジェンダーの話だと読めないんだけど。まあ、この続きぜんぜん知らんけど、4巻で修一くんもオナニーぐらいするでしょう。するはずだ。ていうか、しなきゃだめだっ(力説)。そこで次の展開だと思うんですよね。それがないと話進まないでしょう。んでもっとドロドロしていってほしいですね。期待。

で、こんなドロドロした話なのに全然重くないのがいいですね。これが榎本ナリコなら既にリストカットのひとつもしてると思うんですよ(って、おれは榎本ナリコ好きですけどね!それこそ「スカート」とか何回も読み返しちゃうぐらい大好きだし)。この人はこんなテーマなのになぜこんなにも小学6年生を小学6年生らしく描けてしまうのでしょう。そして出てくるキャラクターが脇役も含めてみんないい。子供も大人もそれぞれに魅力的だ。で、この漫画にベタ嵌まりしていることを告白している時点である程度自分の恥ずかしい内面を曝け出しているようなものだし、その上どのキャラにとりわけ感情移入しているか、なんつーことを開陳し出したりなんかしたらさらにその恥ずかしさがバレてしまうと思うのだが、おれは修一くんよりもむしろ、高槻さんにやられているのかもしれないと思った。あー恥ずかしい。

さて次はまこりんさんに薦められた「残酷な神が支配する」を読むのだ。萩尾望都は「恐るべき子供たち」しか読んだことないんですがそれ以上に濃いということで楽しみです。ていうか自分で自分をどんどん追い込んでいるような気がします。
posted by TSUKASA at 17:38| Comment(5) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月03日

ハウルの動く城

を遅ればせながら観てきた。なんといっても天下の宮崎作品、今回も素晴らしい出来・・・といきたいところなのだが、これに限っては「宮崎さんにしては・・・」というイキきらなさを感じてしまったのも事実。もちろん、さすが宮崎さんと唸らされる、ドキドキしたり、ワクワクしたり、じーんとしたりできる素敵な場面が随所にある。一場面一場面をとってみれば、さすがの宮崎作品、なのだ。

しかし、これが今回"イキきれなかった"最大の要因なのだけど、それらの一つ一つの場面の繋がり=ストーリーという点で、ひどくちぐはぐに感じるところが少なくなかった。悪い言葉を使えば、ツギハギみたいに感じてしまったのだ、全体的にみると。端的に挙げると、ソフィーとハウルの物語のなかに繰り返し挿入される戦争の描写がひどく唐突で、それまで感じていたドキドキとかワクワク、物語としての爽快感がそこでいきなり分断されてしまう感覚が終始ついて回った。ソフィーとハウルの恋愛物語と、戦争描写の部分が上手くリンクしていなくて、バラバラに存在している感じ。これは「宮崎さんにしてはちょっと・・・」と思ってしまった。

というか、わりと直接的に反戦的な台詞や描写が何度も出てくるので、そっちにテーマがあるのかと思いきや、エンディングの決着のさせかたを見ると―戦争を悪とするハウルが、守るべきもののために自らが悪魔となっても戦う、という場面ではそれなりの逡巡が感じとれるものの―やはり主要なテーマはそっちじゃなくて、あくまでソフィーとハウルの恋愛物語なのだ(というか、そう思って観たほうが良いのだ)、と気付く。で、そう気付いた頃にはもうスタッフロールが流れてしまっている。このあたりも"イキきれなかった"要因のひとつかな。スタッフロールが流れてきた瞬間、「あ、こりゃもう1回観なきゃわからんな」と思ったもの。でも今までの宮崎作品でそういうことはなかった。エンタテインメントとしてのカタルシスを満たしながら、同時に作品ごとのテーマもしっかり消化することに成功していた宮崎作品だから、「もう1回観なきゃわからん」と自分が思ってしまったことは、ちょっと自分で寂しかったんだよねー。今回はどっちも中途半端。

ソフィーが呪いをかけられてハウルの城に辿り付くまでの顛末とか、掃除や食事や洗濯のシーン、美しい湖畔のシーン、ソフィーを含めたハウルの城に住む"わけありな"住人達のファミリー的な描写など、特に前半における何気ないいくつかの場面がとても好きで、印象に残った。じーんとしたりもした。

そうだ、場面によってソフィーが若くなったり老けたりするところも何かテーマが込められてるんだろうけど、これももう1回観なきゃわかんないな。

キムタクのハウルは全く問題なかった。いっぽうソフィーの倍賞千恵子のほうは正直、違和感ありまくりで、冒頭で早くも"?"になってしまったのが残念。倍賞千恵子じゃなきゃいけない理由がわからない。
posted by TSUKASA at 23:18| Comment(0) | TrackBack(1) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。